水陸機動団の主幹『第1水陸機動連隊』が日本版海兵隊と呼ばれる理由

2018年3月、長崎県佐世保市の陸上自衛隊相浦駐屯地に新編された部隊『水陸機動団』はアメリカ海兵隊をモデルとした水陸両用部隊である。航空機と連携し、空挺侵攻に重きを置く第1空挺団に対し、航空機に加えて海自艦艇と連携し、水陸両用車やボートを使った「水路潜入」からの着上陸作戦に対応するのが水陸機動団だ。

水陸機動団の中核を担う主幹は第1水陸機動連隊は前身部隊である『西部方面普通科連隊』当時からアメリカに派遣され訓練を積んできた猛者ぞろい。第1水陸機動連隊は戦闘上陸大隊ならびに火砲で支援する特科部隊で構成されているが、その任務は外国軍勢力等による日本の島嶼部侵攻への対処であるため、機動展開による水陸両用戦闘および、敵からの島嶼部奪還が最終目標であり、陸上自衛隊の歴史の中では初となる水陸両用戦闘車「AAV7」も新たに配備されている。

実際に公式サイトでは部隊の役割を以下のように説明している。

陸上自衛隊における陸上総隊直轄の部隊であり、四方を海に囲まれた国土、また数多くの島嶼部を有する我が国の領土を、他国に侵略された際に海上から迅速に機動展開し奪回することを任務とします。

典拠元 陸上自衛隊 水陸機動団 公式WEBサイト https://www.mod.go.jp/gsdf/gcc/ardb/

また、長崎県の陸上自衛隊部隊は通常であれば九州地方・沖縄県を警備担任区とする西部方面隊の隷下となるが、水陸機動団は全国を警備担任区とする陸上総隊の直轄部隊となることにも留意。

防衛大臣直轄の陸上総隊が方面隊から独立のうえで、直轄部隊を持つ理由とは?

陸上総隊は各方面隊から独立した部隊で、防衛大臣の命令を直接受け、第1空挺団や特殊作戦群といった精強極まる部隊を直轄の隷下部隊としている。水機団もその部隊の一つなのだ。

旧・西部方面普通科連隊と日本の島嶼部防衛構想

日本の防衛政策はそれまでの対ソ連型の北海道防備から、対中国を見据え、西方防備重視にシフトしており、九州や沖縄へ重点的に高性能レーダーおよび精鋭部隊を配置している。

2014年、中国政府による日本侵略計画が露呈。その中で2013年に中国軍が尖閣奪取訓練を行ったことが明らかになったが、島嶼部に暮らす人々が抱える現実的な不安は計り知れない。

日本は島嶼部の防備について重要性を再認識し、島を奪われてしまった場合、それを奪還する部隊として、陸自の中に『海兵隊』を新編することで、これまで以上に島嶼部の守りを固めることとしたのだ。

2002年、その先鋒となり長崎県佐世保市の相浦駐屯地に新編されたのが、旧・西部方面普通科連隊だ。

同部隊は”Western Army Infantry Regiment”の頭文字を取りWAiR(ワイア)と呼ばれ、五島の民芸である「バラモン凧」を部隊章のモチーフとした。バラモンとは五島列島の言葉で『荒々しい者』を意味する『バラカ』が由来。荒々しい鬼の顔が、兜ならぬ、レンジャーバッジでお馴染み、月桂樹の葉を纏った”西”の文字を噛む。五島では”バラモン凧”は敵に後ろを見せぬ勇猛果敢さを象徴する言葉でもあり、ピッタリのモチーフだ。

出典 水陸機動団公式サイトhttps://www.mod.go.jp/gsdf/gcc/ardb/enblem.html

この旧・西部方面普通科連隊時代に制定された”バラモン凧”のモチーフは水陸機動団のシンボルマークにも受け継がれた。

例外的に「レンジャー部隊」が常設されている

第1空挺団の空挺隊員は空挺レンジャー資格者だが、旧WAiR隊員も7割がレンジャー資格を持っていた。

通常、陸上自衛隊には常設のレンジャー部隊は編制されていないが、第1水陸機動連隊には「レンジャー小隊」という班が常設されている。レンジャー小隊の隊員には特殊作戦群隊員同様に特殊作戦隊員手当が支給されており、特別な任務を付与されるものと見られている。

陸上自衛隊のレンジャー課程教育とは?

20式小銃が優先的に配備される水陸機動団

やはり水陸機動団に優先配備となった20式小銃。何を目的に?以下の記事で解説した。

20式5.56mm小銃は『ある目的』を想定して開発された

水陸機動団は海上自衛隊と連携

レンジャーにとどまらず、第1水陸機動連隊員は海上自衛隊で本格的な潜水教育をも受けている。

水路潜入には複数の手段があるが、とくにRecon(偵察)で少人数のScout(偵察班員)が、夜間隠密裏に上陸したい場合、沖合の海上自衛隊輸送艦から発進した通称ゾディアックボート(Combat Rubber Raiding Craft, CRRC)の出番だ。ゾディアックは軽武装かつ少人数の偵察班が上陸する際にもっぱら使用される装備で、米国海軍のNavy SEALsも使用するラバー製のインフレータブルボートだ。空気を注入し、船体を展張させる。

強襲揚陸艦「マキン・アイランド」の甲板上で訓練を行う隊員。隊員の髪型は格闘を考慮した丸刈りにされているのも精鋭の証だ。※この画像データはアメリカ合衆国海軍軍人が公務中に撮影し公開しているものです。

真っ暗闇の海上、母艦から発進したゾディアックは海面を滑りながら目的地へと向かい、陸地が迫ると足ひれを付けた数名の隊員が静かにボートから降り、海中へと潜る。頭と小銃の銃口だけを海面に出し、海中を音もなく泳ぎながら上陸地点へ向かい始める。上陸するとボート上の本隊に合図を送り、速やかに上陸誘導させる。

一方、大隊が上陸侵攻する際には陸上自衛隊でも初の導入となる無限軌道と小型の砲塔を装備した水陸両用戦闘車AAV7が使用される。

上陸訓練を行うアメリカ海兵隊の水陸戦闘車AAV7。鋼鉄の塊だが、水面を自転車と同じ速度で浮上航行できるのが特徴。上陸後はそのまま素早く侵攻できる。水陸機動団の中核となった第1水陸機動連隊では”ゴムボート”から水陸両用戦闘車に一気に戦闘力アップとなる。出典『AAV7上陸訓練をドローン撮影 (タリスマン・セイバー2015) – AAV7 landing training Quadcopter Shooting』 USA Military Channel 

AAV7は車体の後部にはスクリューを備え、浮航能力を利用して水上を移動できる戦闘車両だ。

陸上自衛隊が試験配備した日本政府仕様のAAV7。

アメリカ海兵隊において約半世紀前に採用配備され、今なお水陸機動戦術の主力として運用が続けられているほか、アメリカの友好国の数か国が配備している。このうち韓国海兵隊は160両余りを配備しており、この数はアメリカに次いで多い。

陸自では最終的に50両近くを配備する予定だが、水陸機動団はAAV7を海自のおおすみ型輸送艦へ搭載して目標地点までの展開手段とする運用だ。

さらに海自の配備するエア・クッション型揚陸艇LCACでの侵攻も想定されており、水陸機動団は敵地攻略に海自との連携は欠かせない。また海自特殊部隊「特別警備隊」との共同作戦が展開される可能性も高いだろう。

海上自衛隊特殊部隊『特別警備隊』の装備と部隊概要

一方、空中からの部隊展開では陸自木更津駐屯地へ配備される予定の新型輸送機オスプレイも想定されている。

隊員に多く見られる非官品あるいは私物装具

旧・西部方面普通科連隊では水路潜入訓練の際にブッシュハットを着用している姿のほか、本来はスポーツ用で防弾機能の無いPRO-TEC(プロテック)社製ヘルメット(米軍の特殊部隊でもかなり以前から採用)を被る隊員の姿が見受けられた。

制式配備の88式鉄帽を被っての水路潜入はあまり好まない様子だ。おそらくその理由はPRO-TECが樹脂製で平均700グラムほどに対して、最小重量が1キロ、特大サイズで1.3キロ近い88式鉄帽の重量のためではないだろうか。さらに水に弱いケブラー素材の性質や、水抜き穴のない88式では水中での水抜けが悪いことも理由ではないだろうか。ただ、上陸後に余裕があれば防水処置された背嚢(空挺仕様)から88式を取り出して被りなおすのかもしれない。

現在ではOPS-CORE社製と見られるヘルメットを着用する姿も見られる。キャロットのラバー製89式イミテーションを携行して水路潜入訓練を行う第1水陸機動連隊員。キャロットは89式の電動ガンでは成功しなかったが、現在は陸上自衛隊に89式のTRG(タクティカル・ラバー・ガン)という名称の訓練機材を納入しており、西部方面普通科連隊時代から現在に至るまで水路潜入訓練で使用されている。画像の出典 陸上自衛隊水陸機動団公式サイト https://www.mod.go.jp/gsdf/gcc/ardb/index.html

また、同部隊の特徴として、他部隊ではあまり使用されない個人装備が散見されている。これについては「ダイヤモンド」の公式HPで元隊員で編集者・ジャーナリストの江口晋太朗氏の記事が掲載されており、興味深いので以下に紹介したい。

部隊の文化としては、どこかベンチャー気質に似たようなものがあったと感じている。例えば、部隊の装備や設備も、自身がより良いものだと感じたものは、積極的に上司に提言していた。具体的にはブッシュハットと呼ばれる、南西諸島独特のうだるような暑さをしのぐための防暑帽や、履きやすさ歩きやすさにこだわった新型のブーツ、従来の水筒よりも容量が確保できるキャメルバック型の水筒が正式に武器として採用されるなどの例がある。 他にも、現場の隊員を活動しやすくするための道具や訓練内容などを思いついたならば、すぐさま上司に提案し、仮説検証を通じて正式採用されるケースも少なくない。これもすべて、自分たちの現場としての行動を容易にすることこそが、任務遂行に必要なものであると現場として実感する、現場主義を貫く部隊だからだ。

典拠元 http://diamond.jp/articles/-/43705?page=3

記事によれば、隊員が私物として使った装備で、これは良いと検証で有効性が認められれば、部隊で制式配備となることもあるというわけだ。ワイアでは部隊単位、個人単位で購入したとされるチェストリグ、マガジンポーチなどの個人装具が使用されている理由はそこにあったのだ。

陸上自衛隊では私物装備について厳格な部隊があり、私物装備で統制の美を乱すのを嫌う連隊長などは口やかましく「私物禁止!戦人禁止!」と一律禁止にしている例もある。ワイアは比較的自由度の高い、フリーダムでAmericanizeされた部隊であったと評されるのも頷ける。

水陸機動団と第1水陸機動連隊のまとめ

このように新編された水陸機動団とその主幹部隊である第1水陸機動連隊は言わば、日本版海兵隊の性質を持った、まったく新しい部隊であり、島嶼部防衛を任務とする水陸両用即応部隊なのだ。

第1空挺団が空挺侵攻なら、第1水陸機動連隊はAAV7など新しい装備を柔軟に運用し、水路潜入で斬り込む運用だ。

アメリカ合衆国の海兵隊といえば、アメリカ5軍の中でも唯一自国の防衛を行わない部隊で、もっぱら他国へ殴り込みに行く切り込み部隊だ。装備も自らの航空部隊を保有し、ヘリから戦闘機まで配備している。

当然、日本は専守防衛の立場を表明しているため、米国海兵隊に比べれば部隊の規模、装備ともに限定された部隊となろうが、島嶼部が外国軍に占領された場合、奪還作戦のための上陸戦という、きわめて厳しい任務が指令されるのが水陸機動団だ。

防衛省では中国による離島侵攻を念頭に、今後も防衛・奪還作戦に必要な戦術・戦闘能力を獲得するとしている。

島嶼部防衛を担う陸上自衛隊水陸機動団の中核部隊は水路潜入を得意とする第1水陸機動連隊。 今日も五島の荒海を屈強な”ばらもん”たちが睨(ね)め付ける。