自衛隊から逃げ出す『脱柵』とは?

自衛隊から脱走することを『脱柵』と呼ぶ。逃げるとどうなるの……?

自衛隊の駐屯地や基地、演習場は外部からの侵入者を防ぐため、鉄条網つきの柵やフェンスでガードされている。しかし、時としてこれは隊員の脱走に対する抑止効果にもなり得る。

ただ「脱柵」は俗称であり、無断で訓練や指定された居住地から離脱する隊員を自衛隊では「所在不明隊員」と呼称し、勤怠上は所在不明となった時点をもって欠勤扱いとなる。

脱走する自衛隊員などいるのかと言えば、実際にいる。柵を乗り越えて所在不明になる隊員を脱獄ならぬ“脱柵”と呼ぶ。脱柵隊員は諸外国の脱走兵に該当し、自衛隊でも当然不名誉な行為となり、部隊の不祥事にもなる。

所在不明になる場合、文字通り、真夜中に柵を乗り越える隊員もいれば、休日に外出許可を受けて外出し、そのまま部隊に戻らずに行方をくらます隊員もいる。

脱柵の理由は?

若者使い捨てブラック企業が多い日本国で、ようやく国家公務員の立場と権利を手に入れたのに何故逃げ出すのかと思うのは人それぞれだろうが、隊員が脱柵する理由は訓練や人間関係の悩みなど様々だ。

入隊したての自衛官候補生がシャバやママ恋しさに家族の元へ逃げ帰る場合もあれば、ベテラン陸曹がレンジャー訓練中に逃げ出す例(2015年)もあるという。

とくに2006年、陸自隊員が一時所在不明になった事案では迷彩服のまま電車で実家に帰るなど、特異だった。

陸上自衛隊第4師団司令部(福岡県春日市)は16日、第4後方支援連隊に所属する1等陸士の男性(20)が8月の演習中、無断で所在不明になったとして、停職16日の懲戒処分としたと発表した。1等陸士は「演習がきつく、嫌になった」と 話しているという。警務隊は1等陸士が銃剣を演習場外に持ち出したとして、銃刀法違反の疑いで書類送検する。同司令部によると、演習は8月25~28日、長崎県と佐賀県にまたがる大野原演習場であった。1等陸士は25日午後8時半ごろ、迷彩服に銃剣や防護マスクなどの装備をしたまま、無断で演習を離脱。翌26日、熊本県玉名市の実家に戻っているところを発見された。 銃剣などは演習場を出て約20メートルほど離れた場所に放置し、迷彩服姿のまま、電車などを使って戻ったという。

典拠元 朝日新聞社
http://www.asahi.com/national/update/1016/SEB200610160005.html

脱柵者(所在不明隊員)の捜索は警務隊や同僚隊員が全力で行う

所在不明隊員、すなわち脱柵者が発生した場合、まずはただちに所属部隊による捜索が開始され、私服の同僚隊員らが徒歩で市内を歩き回って捜索を行うのが通例だ。同時に部隊長が警務隊に隊員の所在不明事案の発生を通告。

通告を受けた警務隊では事案に犯罪性がある場合は即座に捜査を行い、警察、海上保安庁など部外の捜査機関にも捜査要請を行う。一方、犯罪性がない場合であっても、不明隊員の捜索を行う部隊の長に対して、専門的見地から適時助言又は援助を行い積極的に協力するなどの対応が警務隊に定められている。

参考文献・所在不明隊員の取り扱いhttp://www.clearing.mod.go.jp/kunrei_data/a_fd/1959/az19590508_00045_000.pdf

所在部隊を管轄する警務隊へ通報が行くと、迷彩服に身を包みし警務隊員が覆面パトカーのブルーバード・シルフィMP仕様に4人乗ってリアを沈ませつつ駐屯地付近の捜索を開始。

警務隊員は自衛隊の中の司法警察職員。ときには脱走隊員の追跡も。

警務隊員は自衛隊の中の司法警察職員。ときには脱走隊員の追跡も……。

入隊時に書かされた実家や知人宅はもちろんのこと、周辺駅などに即座に先回りされ、警察へも保護願いが出されていれば、逃げ切るのはほぼ不可能だ。

しかも、捜索に当たる隊員の交通費や宿泊費など必要経費は全て脱柵した隊員が弁償させられてしまう。な、なんだとゥ……?

「脱柵」を描く、元自衛官たちの自衛隊関連書籍……真実と誇張の境界線は?

出典 藤原さとし『ライジング・サン』

自衛隊関連書籍においては、新隊員の脱柵はネタとしてほぼ必ず描かれる鉄板エピソードなのか、筆者がこれまで読んだ「元自衛官による著書」のなかで、脱柵について触れている書籍は意外と多い。

冒頭で引用している元自衛官・藤原さとし氏の『ライジング・サン』でも脱柵について触れ、制限時間内に所在不明の女性自衛官候補生を捜索し連れ戻す、同じ候補生たちを描いている。その「脱柵」の説明を丁寧に行っているWAC候補生のセリフを以下に引用した。

捜索隊が編成されて実家はもちろん
友人知人の家や関わりのある場所は徹底的に捜索され…
その捜索費用は全額脱柵者に請求されるらしいわ

典拠元:『ライジング・サン(2)』藤原さとし著

これはいけない。すぐに点呼までに連れ戻して、事なきを得なければ。

本作品以外にも捜索費用請求の件は元自衛官の大宮ひろ志氏も著書『そこが変だよ!自衛隊』で取り上げている。

不正な手段で”脱自”を図る隊員には部隊総出で厳しく対処するという自衛隊の規律が現れているのだろうか。この脱柵ネタは元自衛官の自衛隊漫画には載っても、MAMORには載らないだろう。

連れ戻されると懲罰を受けるの?

勤務中に職場を離れて職務を放棄することは言うまでもなく規律違反となる。そのため、他省庁同様に公務員としての一般的な懲戒処分が行われるのが通例だ。なかでも多いのが3日程度の停職処分。

一方、下記のブログ『I LOVE 陸上自衛隊』様でも、ある脱柵の例を取り上げており、脱柵した1士は頭を丸めて詫びを入れると幹部は不問とし、その後1士は正社員扱いの3曹に昇任したという。脱柵=即クビということはなく、更生の道どころか出世のチャンスも与えてくれるのが、自衛隊という組織のもう一つの面なのかもしれない。

私の時の脱走隊員は、頭をお坊さんみたいに丸めて詫びを入れて一からやり直し、現在は心を入れ替えて3曹になったそうですが「脱走隊員のレッテルが貼られる中での訓練や勤務はツラかった。だからこそ二度とこのような過ちを犯してはならないと思った」と、その見つけ出した班長から人伝に聞きました。

引用元 『I LOVE 陸上自衛隊』様
http://ameblo.jp/himeno-osaka/entry-10602032134.html


ところで、脱柵隊員が稀に逃げ切ってしまう場合もあるようだ。そのような場合はどうなるのか。

その場合は本当に自分の意思で所在不明になったのか、何らかの事件に巻き込まれたり、外国勢力に拉致されたのか理由が不明のまま、5年ほど経つと懲戒処分として免職になってしまうのが通例だ。

諸外国軍における脱走兵は平時でも重罪。軍法会議や懲罰部隊、戦時はその場で銃×刑も

アメリカ軍では戦時、平時に限らず、脱走をすると基本的に脱走兵として逮捕され、軍法会議にかけられる。平時であれば、おおむね懲役刑だが、戦時や戦場の場合は「敵前逃亡」とみなされるほど重罪で「現場指揮官の裁量で即時、銃殺刑も許される」という規定をもとっている(ただし、名目だけで実際に執行される例は稀)。

また、戦争中の場合は脱走兵が懲罰部隊送りにされることも儘(まま)ある。旧日本軍では陸軍教化隊が懲罰部隊に該当する。旧日本軍でも、敵前逃亡で処刑された兵士の遺族は1970年まで遺族年金を受け取れない措置を取られるなど厳しいものであった。

自衛隊に軍法会議や懲罰部隊は無い

現代日本の軍事組織である自衛隊は「軍ではない」という建前があり、したがって軍法会議もない。有事の際に敵前逃亡を犯したとしても、自衛隊法違反にはなるが、規定された刑事罰は懲役か禁固のみ。自衛隊には潜在的な厄介者を集めた懲罰部隊や第303ニート教化中隊も絞首刑も、現場指揮官の即時決済で刑が執行されることもないのだ。

なお、自衛隊法上、戦争中は退職が認められない場合がある。

自衛隊の脱柵のまとめ

自衛隊は諸外国の軍同様に軍事組織であり、そこには規則、規律、束縛、義務といったものが当然のごとく存在する。

別に自称アットホームな店や底辺飲食みたいに「辞めます」と言った途端に「辞めたらオメェが抜けたせいで業務に支障が出る。テメエの親に損害賠償請求してやるからな」など、例の餞別代りのイジメがあれば問題だが、辞めたければ正規の手続きを踏んだ上での依願退職が最善かつ義務と言えそうだ。

バブル時代には募集困難という実情があったが、気が付けば不況の昨今、いつの間にか自衛隊はそこらの民間の待遇を凌駕する花形職業となり、女が彼氏にしたい職業ナンバーワンにもなっている。

しかし、自衛隊の高倍率化は若者が軍隊以下の扱いを受ける『アットホームな職場です!』が民間のとくに底辺に蔓延しているせいもあるとすれば、恐ろしい。