自衛隊を主題とした漫画をご紹介いたします。レビューは筆者の独断と偏見です。
右向け左!
原作は自衛隊の内情を知り尽くした少年自衛官出身の史村翔、それにギャグとシリアスに定評のある、すぎむらしんいちが作画を担当。1989年から1991年まで連載された作品だが、描かれる陸上自衛隊の営内生活がリアル過ぎて、マンガとしては面白いのに笑えない……という現職隊員が続出したという快作だ。角刈り班長、インキン地獄の営内生活、いじめの仕返しに64式で自作実包発砲、民間人のサバゲーマーに森の中で襲撃される自衛隊……などなど有川浩には描けない世界が過去そこに。
今の感覚なら「なんでこんなのが入隊できるんだ?」って思えるほどの主人公・坂田だが、実際、元自衛官の大宮ひろ志氏は著書の中で「昔は自衛官採用試験で試験官が答え教えてた」って書いてるから、坂田2士みたいな自衛官はバブル時代に多数いたのかもしれない。
どのキャラも問題児ばかりで個性的だが、やはり強烈なのは主人公で19歳の新隊員・坂田、そして彼をはじめとする教育隊の班長で昇進に意欲を燃やす山口3曹の二人。ニート気質で楽天家の坂田は訓練に手を抜くどころか、上官の女性自衛官・浅野3曹に言い寄るなど、数々の服務事故を起こすやりたい放題の問題児。それに手を焼き、昇進が遠のいて焦る山口3曹。
山口3曹は中卒で工場勤務をしていたが、親に数万円で、ぴんから兄弟に似た自衛隊広報官に売られたという。山口は自分の2曹昇任の足を引っ張る坂田を隙あらば自衛隊から厄介払いしてしまおうと画策する一方で、坂田をはじめとする自分の預かる班員たちに外因性のピンチが降りかかれば守ってやる”上官らしさ”を時折見せるなど、王道の憎い演出には筆者も惚れてまう。いがみ合う坂田と山口だが、彼らには元隊員の徳山という共通の敵がおり、徳山がらみで共闘を張る二人の場面もいい。徳山のラジコンにされ続けてきた坂田は、最終回でついに徳山に挑む……。
ある意味、今のように自衛隊がチヤホヤされた時代と違い、バブル時代「落ちこぼれの受け皿」とされた時代に入隊した若者を描いたマンガ作品というだけでも価値がある。バブル時代の若者、つまり今の逃げ切りバブルチート世代たちの多くは自衛隊というか、就職先に公務員を選ばなかった。刑事ドラマは人気だったのにねえ。
主人公の坂田などは徳山への命乞いの代わりに自衛隊に入っているし、彼らを見ると「落ちこぼれ」というイメージはやはり強い。今で言うブラック企業に使い捨てにされた就職失敗型のニートたちの最後の救いが自衛隊だったのかもしれない。それを打ち消すように自衛隊の中の落ちこぼれである30歳近い万年士長に「自衛隊は落ちこぼれの救済施設じゃねえ!」と叫ばせるなど、皮肉り方も笑わせてくれるのだ。
妙に格闘が強い子持ちや、銃が撃ちたくて警察の試験に落ちて自衛隊に入ってきたいじめられっこ、元相撲部屋……。一癖ありそうないろんな同期たちがいる教育中隊第21班。
中でも三輪という純朴な隊員の志願動機はツボだ。少年時代の三輪はある日、山で昆虫採集をしていた。その最中、ふいに催して、地雷を敷設した彼であったが、ほっとしたのもつかの間。尻を拭く紙がないことに気づき、パンツをおろしたまま、山の中で身動きできず泣き叫ぶ羽目になった。そんな彼の前に、何処からともなく現れて「葉っぱの尻拭き紙」をそっと差し出してくれた優しい男がいた。国防色の服を着て64式小銃を背負った顔面擬装おじさんだ。緑のおじさんは『そういう時は葉っぱをもんで柔らかくして使うんだ』と言い、ヘビを食いながら去って行った……。三輪が将来、陸上自衛隊へ入隊しレンジャーを志願するキッカケとなった強烈な体験だったのである。このシーンいいなあ……。リメイクしたら絶対におじさん役は女性自衛官でやって欲しいですわ。
とまあ、いろんな隊員たちの女日照りの日々と、かゆくて臭~いインキン地獄を描いており、現役自衛官からは「リアルすぎて欝」と評価されているという。だが「女日照り」はすでに解消されたのでは?
余談だが、1960年代、60年安保直後で人手不足となっていた当時の自衛隊には当然のごとく、若い志願者は集まらなかったという。その中であっても「銃が撃ちたいから」と志願してきた少年ライフル魔は不合格だったという。あの当時でも自衛隊落ちる奴がいたんですね。というか、しっかり落としていたようで、自衛隊も一線は超えていなかったんだなと思う次第。
それにしても、連載当時は制服がまだ91式以前の70式の時代だったので、なんだか制服姿の女性自衛官がミアコスのコスプレみたい。あ、婦人自衛官と呼ばれていた時代でしたね。
右向け左!ふぉーえばー(※ネタバレあり)
2013年、自衛隊退職から20年後の主人公ら21班の面々を描いた読みきり編がリリースされた。ハロワ通いの坂田の元へ、かつての浅野3曹から”召集令状”が届く。坂田はハタチそこらの青春時代、かつての憧れであった浅野3曹の容姿を一瞬思い出すも、すでに遠い過去。『いやーババアになったろうなあ』と溜息をつく坂田自身も39歳である。坂田は寿司屋にて、同じく応集されたかつての21班の面々と再会。20年前の調子で減らず口を叩く坂田。かつての鬼教官・山口、そして同期の三輪も到着。彼らは”制服”を着ているが、彼らは今も現職の自衛官なのか・・・・・・?と思いきや。
今やすっかり”こぎタネえ中年になりさがった”坂田は、かつての同期たちを前にした酒の席上でも帽子を取らない。取れないのだ。河合は大食いタレント、赤木はオネエ華道家としてテレビに引っ張りだこだが、坂田は職安で棒振り警備員しか求人がない自身に惨めさが募る。
そんな男たちの酒の席へ、中年男の履き古したスニーカーを踏みつけつつパンプスを脱ぎ、座席へと上がってくる凛とした女性自衛官がいた。浅野2尉だった。
浅野に代わり、“萌え”自衛官募集ポスターを背後に、21班の面々へ現在の自衛官志願者不足の現状を嘆く山口。防衛省としては坂田ら、元自衛官を予備自衛官に任用し、その拡充をもって自衛官志願者の穴埋めとしたい算段だ。萌えポスターどころか、”こぎタネえ中年になりさがった”坂田ですらも、今の自衛隊は必要としているのである。ただし、防衛省としては坂田よりも、タレントとして知名度のある赤木や河合らをインフルエンサーとして活用したい考えで、彼らの訓練の様子を動画で配信する計画なのだ。2021年、実際に防衛省では予算獲得を目的に、若者に人気のユーチューバーなどのインフルエンサーを活用した広報戦略を明かしており、これには賛否両論がある。
防衛省、芸能人らインフルエンサー100人に接触計画 予算増狙いhttps://www.asahi.com/articles/ASP9J5FV0P9HUTFK01J.html
戦争に行こうよ!
おおつぼマキ原作。姉の恋人に唆され、自衛隊に入隊した元予備校生でフリーターの主人公は、気がつけばPKO要員へ任用され、念願の南国へ海外派遣される。浮かれ気分もつかの間、任地へ向かうCH-47がジャングル上空で撃墜され、主人公ら、生き残った9人の自衛官は数丁の64式小銃のみに己の運命を賭け、生還へと奮闘する。彼らの運命やいかに。
現代の萌えラノベマンガアニメにおける女性自衛官ブームを先取りしていたのか定かではないが、7名の”落ちこぼれ”新人二等陸士らを率いるのは男勝りの美人、花崎2等陸尉と桜木3曹だ。
原作発表時は自衛隊の海外派遣(91年にペルシャ湾掃海部隊派遣、92年のカンボジア派遣)が話題となっており、作中でも言及されている。93年にはカンボジアでの国連平和維持活動に文民警察官として派遣された長野県警の高田晴行警部補(当時33、後に警視に昇進)が武装集団に襲撃され死亡した。同事件は自衛隊PKOそのものへの激しい国民世論を巻き起こした。『なんで日本が関係ない国に自衛隊を送らなあかんねん。カネだけはろとけばええやん』みたいな自分の国だけ平和なら国際社会のために血を流さなくてもイイというセルフ・ディフェンス・ヒキコモリを恥も外見もなく公然と続けていた時代が終わろうとする転換期であることも、派遣先の南国の16歳の少女の口から『なぜ平和な日本から関係もないのにわざわざ・・・』などと言わせるのも興味深い。
94年には『サラリーマンが日本政府に徴用されて異国に派遣』させられる『総務課長戦場に行く!』というドラマが放映された(製作は1992年だが、自衛隊のPKO参加に忖度し、放送が延期された)ほど、混迷を極めていたのだ。
レイド・オン・トーキョー
小林源文氏によるソ連軍の日本侵攻ものマンガ。シミュレーション的色合いが強い、男臭くて硬派な作品だが、本作でもシュール過ぎる”源文ギャグ”が所々に散りばめられている。突然の有事に小説家兼(!?)会計科の気弱な幹部自衛官、佐藤大輔2尉は急遽、普通科部隊の指揮官となる。義務を放棄し、逃げ出す若手隊員、それを後ろから撃つ指揮官。佐藤もまた、狂気に豹変してゆく。
前作『バトルオーバー北海道』ではソ連軍の北海道侵攻をシミュレートしたが、今回は本州、そして東京進攻である。
一部で定評のある89式自動小銃のハンドガードを半分に切り詰め、銃身を短くした架空のコンパクト・カービン「源文カービン」が出てくるのがレイド。銃身はM4カービンと同等または短いため、大型のフラッシュハイダーに換装し、強烈なマズルフラッシュを抑制している、という設定だよ。
普通の自衛隊員であった佐藤3佐がおかしくなった原因と、まだまともな扱いだったころの中村3曹が見たいなら本作はオススメだ。
ファントム無頼
先に紹介した『右向け左!』の原作者で元自衛隊員の史村翔が原作をつとめ『エリア88』などで知られる戦場マンガの鬼才・新谷かおるが作画を担当と、こちらも黄金コンビによる自衛隊作品だ。航空自衛隊百里基地に所属するF-4EJファントム戦闘機”680号”の操縦士・神田と、同じく航法士である栗原の『神栗コンビ』の活躍を描く。荒っぽいが肝のすわった神田鉄雄二等空尉、三沢から百里へ転属してきた甘いマスクで冷静沈着頭脳明晰の栗原宏美二等空尉が、男性のみならず女性ファンをも魅了させたという。どっちがウケ?言わすな恥ずかしい。そんなわけもあってか、劇画調のタッチが回を追うごとに丸くなる。
彼らの対応する任務は『紅の翼』のごとき離島への血液緊急搬送からハイジャック対応、操縦不能に陥った747型旅客機の救助、森林火災消火、地震により発生した津波から避難する住民の妨げとなる岩山の爆撃、北海道の国道に緊急着陸して火山の噴火とヒグマから子供の保護まで、実に幅広い。ひ、広すぎる。これらの任務を愛機F-4EJファントム680号(コールサインは新撰組)に乗り、僚機や在日米軍とも協力して大空を駆る神栗コンビ。痛快だ。
そう、彼らの本分は戦うための戦闘機乗りであり、戦闘機とは本来、人の命を奪う兵器である。しかし、そうでありながらも、彼らは兵器たる戦闘機を以ってして、己の命を懸けて他人の命を救うのだ。そんな神田2尉が公言してはばからないのが『抜かずの剣こそ平和の誇り』という己の信条である。
空のトラブルで困ったら、何でも解決いたします~♪陸のトラブルも戦闘機で~♪御用命は国際緊急周波数(ガードチャンネル)で~♪日本全国駆けつけます~百里国際救助隊♪みたいなところが海外ドラマのエアウルフみたい。
ある意味「レスキューウイングス」よりも「ファントム無頼」のほうが人命救助の数では優ってるんじゃないの?
というわけで、本作は実際の航空自衛隊の業務をリアルに描くというより、娯楽性重視の痛快作となっている。荒唐無稽の面白さにはまること間違いなし。
なお、この作品で筆者が一番印象深く心に残っているセリフは、ある女性がパイロットに対して放った「私は興味ないわよ。あんな虫みたいな格好した人たち……」ですね。確かに酸素マスクをつけて、ヘルメットの黒いバイザーをおろしたパイロットの風貌はハエみたいです……。
ライジングサン
自衛隊広報誌MAMORでも紹介されている作品。シャチョさんのために働くより国民への命がけの奉仕者である自衛官という職業を選んだ主人公の生きざま。
自衛隊広報誌「MAMOR」と、かつての防衛庁外郭団体発行の広報誌「セキュリタリアン」との違いは
脱柵やイジメの報復で銃を……などなど、自衛隊モノとしてツボを押さえている。
なぜ、男女の新隊員が同じ生活隊舎で寝起きして前期教育を受けているかは禁則事項だそうです。
次のページでは”女性自衛官”ものマンガを掘り下げてご紹介したい。