陸上自衛隊のレンジャー課程教育とは?

陸海空の3部隊の中で唯一、レンジャー課程教育や集合訓練を実施し、その修了者に対してレンジャー資格を与えるのが陸上自衛隊だ。

自衛隊におけるレンジャーとは陸上自衛隊のMOS(付加特技)の中のひとつであり、レンジャー訓練とは野外におけるサバイバル(生存自活)技術をはじめとし、ロープ技術、地図判読、襲撃から爆破、ボートを使った水路潜入などといった戦闘技術までの高度な訓練を学生に施し、多様な知識技能を修得させるとともに体力と協調性、そして絶対不屈の精神力を養うものだ。

出典 : 陸上自衛隊北部方面隊公式サイト「平成29年度レンジャー養成教育」https://www.mod.go.jp/gsdf/nae/2d/kunnrenn/rireki/29ranger/29ranger.html

陸自では部隊ごとに異なるレンジャー養成教育が行われており、各地の普通科連隊が持ち回りで実施している部隊集合教育のほか、富士学校(静岡県御殿場市)が実施している幹部レンジャー課程、そのほかにもアルペンレンジャー課程、冬季レンジャー課程など課程教育コースが複数ある。

全国各地の陸自駐屯地で行われる持ち回りの部隊レンジャー訓練より、特定の課程教育レンジャーのほうがより過酷とされ、その中でも第1空挺団の空挺教育隊が実施している空挺レンジャー課程(幹部/陸曹)は陸自におけるレンジャー教育の中でも、名実ともに最強と言えそうだ。

陸上自衛隊第1空挺団は東京タワーの天辺と同じ高さを新幹線と同じ速度で飛ぶ輸送機から飛び出していた

では、駐屯地ごとの集合教育である部隊レンジャーの訓練は生半可なのか。とんでもない。部隊レンジャーであれ、課程教育レンジャーであれ、過程教育半ばで脱落して原隊復帰する学生は多い。志願してもレンジャー教育を受ける前の登竜門である素養試験、言わば予備試験で行われる体力検査などにより、足切りされる隊員も多い。

そしてこの過酷なレンジャー訓練を無事に最後まで終了した者だけが、レンジャーき章を授与され「レンジャー」を名乗ることが許されるのだ。左胸にダイヤモンドをモチーフとしたバッジを輝かせた(文字通り、金属磨きのピカールで光らせている)隊員を見たことがある人も多いはず。胸にレンジャーき章をつけた資格者は陸海空の全自衛隊員のみならず、間違いなく同盟軍のアメリカ軍兵士からも一目置かれる存在だ。


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陸上自衛隊に大規模な常設の”レンジャー部隊”はない

すなわち、自衛隊で「レンジャー」と言った場合、それは“レンジャー部隊”ではなく、これら陸自で行われる過酷なレンジャー訓練ならびに過程修了を経て「レンジャーき章(バッジ)」を授けられた各隊員を指すのである。したがって、陸上自衛隊には現在「レンジャー部隊」の名を持つ部隊は編制されてはいない。もちろん、海自や空自にもない。

ただし、水陸機動団や特殊部隊である特殊作戦群などでは、小規模な「レンジャー小隊」という数名規模で編成された班を持つ。

また、特殊作戦群はレンジャー資格者が選抜条件(※諸説あり)であり、第1空挺団でも後方支援要員を除けば、隊員全てがレンジャー資格者であることから、これらの部隊は実質的には”レンジャー部隊”と言っても大きく相違はないと言えるだろう。

そして前述のように、2002年に西部方面普通科連隊として発足し、2018年に日本初の水陸両用部隊として再編制された水陸機動団の第1水陸機動連隊ではレンジャー小隊が常設となっている。

陸上自衛隊水陸機動団と中核部隊・第1水陸機動連隊は陸自初の水陸両用車(AAV)を配備する実質的な海兵隊だ!

 

訓練中の第1水陸機動連隊隊員(旧・西部方面普通科連隊)。同部隊は自衛隊で常設の『レンジャー小隊(=班)』を編成しているが、レンジャー小隊に限らず、一般隊員もレンジャーの有資格者が多い。画像の出典 陸上自衛隊水陸機動団公式サイト https://www.mod.go.jp/gsdf/gcc/ardb/index.html

このレンジャー養成教育は、主として陸上自衛隊普通科隊員が対象だが、海自の特別警備隊員や空自航空救難団のメディックなど、それぞれの精鋭隊員も受講する。もちろん陸自隊員以外でも課程教育修了者の海・空隊員には陸自のレンジャーき章が授与される。

このように、少数精鋭の部隊は有事の際に困難な任務が与えられ、主力部隊とは別に行動し、少数で敵陣深く浸入して重要目標攻略、作戦中は糧食などの補給を受けることが困難であるため、過酷な任務を達成するための絶対にあきらめない不屈の精神力ならびに特別な死生観が求められる。

一方で災害発生時におけるレンジャーの活躍も期待されている。実際に各師団などではレンジャー資格者を選抜して臨時の偵察小隊を編成し、被災地の迅速な情報収集活動を行う場合がある。レンジャー資格者は多方面で活躍するのだ。

レンジャー訓練志願者が最初に臨む厳しい素養試験とは

レンジャー訓練のコースや教育には複数あるが、その訓練は陸自隊員なら志願すれば誰でも受けられるわけではない。まずは「素養試験」と呼ばれる厳しい資格選抜試験への合格が最初の関門だ。

レンジャー教育における素養試験は大きく分けると身体検査と体力検定であり、8の体力検査と3の水泳検査、4の身体能力検査から成り立っている全部で15項目の検査だ。フル装備で小銃を持ち、2,000mを9分30秒以内で駆け抜ける持久走検定など、素養試験のすべての科目に合格して、はじめてレンジャー教育課程の訓練を受けることが許される。すなわち、この素養試験の合格こそがレンジャー訓練へと至る最初の登竜門であり、素養無き者に門は開かれない。

現在、北海道の警備を担う北部方面隊では年間80名ほどのレンジャー資格者が誕生しているが、2008年度に滝川駐屯地(滝川市)で行われたレンジャー素養試験では志願者48名が臨み、合格したのは32名だった。

女性隊員はレンジャー訓練を受けられるか?

昨今では防衛省の母性保護政策に変化が見られた。女性自衛官の大幅な職域開放が行われ、海自の特別警備隊で女性隊員の任用解禁、空自ではすでに戦闘機操縦士に女性隊員が任用されるなど、3自衛隊は新たな時代を迎えたのだ。

しかし、令和元年現在、陸自では女性隊員へのレンジャー教育は行われていない。これは防衛省の公式広報資料である「平成25年版 まんがで読む防衛白書(HTML版)」内において「レンジャーに女性隊員はいない」として、明確に記載されている。

ただし、第1空挺団においては2020年、初となる基本降下課程(空挺レンジャー課程とは異なる)を修了した女性空挺団員が誕生しており、将来的にレンジャー教育においても、女性隊員の参加が認められる可能性がある。

部隊ごとに多様なレンジャー教育とその内容

部隊でのレンジャー養成教育は毎年、5月下旬から約3カ月間にわたって行われるが、訓練に臨む前、教官らは学生全員に家族や恋人宛てに遺書をしたためさせるのが慣わしだ。

体力向上のための基礎的な運動、それが体力調整。懸垂、腕立てなどで激しい訓練前に体を慣らすためのものだが、すでにこの時点で尋常ではない回数の腕立て伏せなどが行われるのが通例だ。すでにレンジャー訓練は始まっているのだ。

二つのパートに分かれた主な訓練内容は前半が体力訓練になっており、かがみ跳躍、ロープ渡り、ロープ登り、徒手格闘と呼ばれる素手による白兵戦などを履修する。

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重量3.5kgの豊和工業製89式小銃を胸の前で保持した状態で、この国に生を授かったことを父と母に感謝しながら16kmの荒れたオフロードを教官、助教とともに駆け足で走り抜く「10マイル武装走」訓練の様子。気力を失わせないために、学生は全員で声を合わせながら走る。

学生「イチ、イチ、イチニ!(ソーレ!) イチ、イチ、イチニ!(ソーレ!)」

教官「おい、レンジャー学生○○。駄目じゃないか。腕が下がっているよ。上げたまえ(ニコッ」

レンジャー教育期間中、学生はペアになりお互いをBuddy(バディ、相棒)と呼びあい、くじけそうになったら励まし合い、信頼関係を深める。

なお、過酷なレンジャー訓練では訓練学生の身の安全のため、傷病者に備えて安全係と衛生隊員、危ない薬を持った医官らが野戦救急車で隊列に同行。実際、過去にはレンジャー教育中の学生が殉職する事故も起きている。だから、両親や家族へ宛てた遺書も決して大げさなものではなく、必要な配慮なのだ。

教官は幹部レンジャー課程を卒業した幹部隊員とアシスタントの助教(陸曹)

何人ものレンジャー学生に容赦なく愛の鞭を飛ばし、叱咤激励でシコんできたのは百戦錬磨の鬼教官(幹部レンジャー課程を卒業した幹部隊員)とアシスタントの助教(陸曹)たちだ。

極限状態に追い詰められた人間の心理状態では自分だけ助かりたいがために仲間を裏切って敵に日和らないとも限らない。一人の協調性の欠如が部隊を壊滅させるかもしれない。

彼ら教官や助教はそんなレンジャー学生たちの心の底を見透かすのが得意だ。何百人もの学生を見てきたのだから当然だろう。鬼教官に心の奥底に潜む日和見ニートを見透かされ、完膚なきまでにココロの障害壁を演出されるレンジャー学生たち。香山リカのココロの美容液みたいに言うなよ……。

そして、訓練中に助教にオラオラ節で罵られようが、褒められようが、レンジャー学生に許される返事は鋭く短く「レンジャー!」のみ。なお、訓練中に各パートを達成できても助教らに褒められることはなく、己の限界を克服したことを一つ一つ、自身のココロに淡々と刻みつけ、明日への糧としてゆくのみ。

まるでブラック企業、底辺飲食の世界だが、辞めたい若者を脅しつけて奴隷にして絶命するまで使い潰すブラック企業と違い、レンジャー教育は素養を持つ隊員を選抜、教育することが目的だ。どちらかと言えば、都道府県警察学校の教育に近いだろう。

「これ以上続けたら命にかかわる。よくがんばった。お前のことは認める。だが、原隊に戻れ」

たとえ、教官や助教からそんな甘い言葉が飛んだとしても、これは助教の思いやりどころか、戦意を無くし、愚痴を吐き、流されるままに生きてきたニート気質の人間へ渡す引導にしか過ぎない。しかも相当に屈辱的な。本当に生命の危険がある学生であれば、助教がこんなことを言う前に同行の衛生隊員や医官がストップをかけるだろう。

助教が投げる”タオル”を額面通りに受け取って、促されるままに「はい、リタイアします。ご指導ご鞭撻きついやつ一発ありがとうございました」で去ろうとする者は、はじめからレンジャーになれない。

バディの存在

「諦めるなよ。あと少しだろ!やり切ろうよ」

訓練中、学生は二人一組で行動する。バディ(相棒)である。仲間が気力を失って落伍しそうなら、励まし、手を差し伸べるのがバディの役目だ。オラついた助教にドヤされてもギャオられても、やり遂げられるのはバディがいるからこそ。

2015年には京都の福知山駐屯地にてレンジャー訓練中の陸曹が、過酷な訓練に耐えきれず、駐屯地から脱柵して実家に逃げ帰り、停職3日の懲戒処分を受けている。正規雇いの陸曹すら脱柵するような過酷な訓練に耐え、残った勇者だけが特別な死生観を持つレンジャー資格者となれるのだ。

自衛隊から逃げ出す『脱柵』とは?

レンジャーの象徴でもある、ロープ技術の教育

ロープ技術の教育では対岸に水平に張られたロープの上へ、右足の甲をロープにかけ左足を下に垂らしながら両腕の力で前進する水夫渡りを履修する。

レンジャーと言えばロープ。ロープと言えばレンジャー。

後半パートは演習場の山にこもって実際の戦闘をシミュレート。爆薬を使用した戦闘訓練だ。ゴムボートで川、海から潜入する水路潜入訓練ではボートの扱い方を学ぶ。

出典 : 陸上自衛隊北部方面隊公式サイト「平成29年度レンジャー養成教育」https://www.mod.go.jp/gsdf/nae/2d/kunnrenn/rireki/29ranger/29ranger.html

レンジャー教育の集大成とも言えるのが「敵指揮所の襲撃」ならびに「敵指揮官車両への伏撃」だ。密かに敵陣に忍び寄り、忍耐強く好機を待ち、一気に敵の頭をつぶすことこそ、実際の有事の際に少数精鋭のレンジャーへ与えられるメインの任務だ。

走る敵車両縦隊に対して待ち伏せによる襲撃で無力化、敵指揮官らを武装解除、捕虜とするのだ。

レンジャー教育中のメシ

山での襲撃と爆破訓練だけがレンジャー訓練ではない。いったん山へ入れば飲まず食わず寝ずが当たり前。学生にその極限状態を体験させる。潜入訓練中、当然食事は戦闘糧食となる。訓練が進むにつれて糧食は減る。

さらに生存自活訓練、すなわちサバイバル訓練では山に自生する山菜を採って茹で、塩もみなどで食すほか、ニワトリなどをレンジャー学生が自らの手で解体調理して口にする。さらには助教が捕まえたり、業者から購入し山に放しておいたり、学生たちが愛情込めて育てたヘビを食わせられる。

『洋子ちゃん元気?』『おう。お前のナンシーちゃんは?』『ああ、よく太って美味しそうだよ』

これら一つ一つの調理技術でさえ、有事の際に戦場で生き延びる術(すべ)なのだ。躊躇する暇もなく、調理したものをすばやくかっ込む。生存自活訓練で食べる食事は以下のページで紹介している。お、おう・・・。

野草を摘み、鶏を〆てヘビを喰う自衛隊のサバイバルレシピにドン引きしました

最終想定を乗り越え、帰還式へ。そこで待っているのは

最終想定をクリアし、任務を達成。すべてのパートの訓練を乗り越えるとレンジャー学生たちは駐屯地へ帰還する。疲れきった表情で駐屯地のゲートをくぐる彼らを待つのは同期の隊員らのほか、連隊長、幹部隊員、そして学生の家族や恋人が拍手で待ち構えている。彼らに迎えられた学生たちは連隊長からねぎらいの言葉がかけられる。そして幹部あるいは女性自衛官が栄光の「レンジャー徽(き)章」を一人ひとり学生の首にかける。

レンジャーき章の中央にはどんな困難でも乗り切り、任務を達成する絶対不屈の堅固な意志の象徴として金剛石=ダイヤモンドが配置され、勝利を象徴する月桂樹がそれを誇らしげに囲む。

これこそが、レンジャー養成訓練終了後に授与される「レンジャーき章」であり、不屈の精神を持った隊員のみに与えられる栄光のバッジなのだ。

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「最初に言っただろう。俺たち教官や助教は訓練では一切手を抜かないからな、と。お前たちはそれを克服し、自分自身に打ち勝った。見事!という言葉しかない。これから堂々と胸にレンジャーバッジを輝かせろ。泥にまみれたダイヤモンドたちよ、卒業おめでとう!」

こうして帰還したレンジャーたちには、つかの間の休暇が与えられる。

自衛隊のレンジャー訓練に参加して密着取材までした杉山隆男の兵士seriesは1996年に新潮学芸賞を受賞した作品で、それまで日陰者でマスコミには事あるごとに叩かれる存在であった自衛隊および自衛官の実際の活動や訓練に密着取材して書き下ろされたノンフィクションだ。一部隊、一隊員それぞれをクローズアップして取材した本書はレンジャー訓練にも密着取材しており、本書を読めば厳しい訓練を垣間見ることが出来る。

レンジャー資格取得後の待遇など

文字通り、命を賭けて取得したレンジャー資格。しかし、レンジャー資格者となっても昇進などに直接有利になることはないとされる。任期制の陸士が取得しても陸曹昇任への考課にレンジャーバッジがアイテムとして作用するのか、実際のところはわからない。

また西部方面普通科連隊常設のレンジャー班、さらに特殊部隊の特殊作戦群隊員のみ「特殊作戦隊員手当」が付くが、レンジャー資格者に「レンジャー資格手当」はない。

一般の部隊におけるレンジャー資格者の場合、ボーナスのわずかな査定を除けば、待遇面などで直接的には優遇されていないのが実情だろう。待遇のためにレンジャーを目指す隊員などいないのだ。すべては己の弱さの克服、そして誇りのために困難へと立ち向かったのだ。

陸自におけるレンジャー訓練のまとめ

  1. レンジャー訓練は潜行、伏撃、襲撃等の一連の目標対処行動を実施するための特別な要員を養成するもの。
  2. レンジャー訓練には部隊レンジャー、幹部レンジャー、空挺レンジャーなど複数あり、それぞれ訓練の内容が異なる。
  3. 第1空挺団が行う空挺レンジャー課程は名実ともに最恐。一般隊員はその名を聞いただけで……。
  4. 陸自に常設の大規模な”レンジャー部隊”は無いが、必要に応じて有資格者を集めて臨時編成する。
  5. レンジャー資格者は災害時に召集され偵察小隊として活躍する。
  6. 希望しても素養試験に合格しなければ、レンジャー養成教育は受けられない。
  7. レンジャー訓練ではヘビ食べるよ。
  8. 防衛省の母性保護政策により、現状では女性自衛官はレンジャー教育を受けられない。
  9. 海自の特殊部隊や、空自のパラメディックも陸自でレンジャー訓練を受け、レンジャー資格を所持している。
  10. レンジャー資格は陸自の特殊部隊である「特殊作戦群」への入隊条件にもなっている。
  11. レンジャー資格者手当はなく、実質的に資格取得後も給料は変わらない。
  12. あまりレンジャーを怒らせないほうがいい……。
  13. 素養無き者、悲鳴、愚痴を吐く者に開く道は無い。
  14. レンジャーとは生きざまである!

このようにまとまりました。パクんないでね、コピペライターさん。

参考文献
『学校で教えない自衛隊』並木書房 荒木肇 様
北海道自衛隊機関紙ひがし北海道だより 様
『大変貌するニッポン自衛隊』2012年 04月号 (徳間書店/週刊アサヒ芸能増刊) 様
チャンネルNippon 様
http://www.jpsn.org/essay/chat/3006/
自衛隊公式サイト 栄光のダイヤモンドを掴む~レンジャー帰還式~ 様
http://www.mod.go.jp/gsdf/nae/katudou/butaikunren/ranger/04.html


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