映画などでよく登場する小さな2枚の金属プレートを首から下げている兵士の姿。そのスタイルはいかにも兵隊のアイコンですが、彼らが首からかけているこのネックレスは一体何でしょうか?
これは「認識票」と呼ばれるものです。
英語圏では”Dog tag(ドッグタグ)”とも呼ばれますが、そのスラングの由来は当然、犬の鑑札にちなんでいます。
我が国でもファッションアイテムの観点から見た場合はその名のほうが通ります。
さて、その認識票の目的は何でしょうか。これはすなわち兵士各個人の識別という目的に他なりません。
諸外国では兵士各員にそれぞれ認識番号が与えられるのが一般的です。そして、認識番号をわかりやすく外部から識別するために、兵士個人それぞれに認識票が配られ、兵士は普段それを身に付けているというわけです。
この識別が特に必要になる場合は、兵士が戦場で死傷した場合であることは言うまでもありません。
そして認識票の支給については我が国の自衛隊員も例外ではありません。陸海空の各自衛隊員に与えられる認識番号は一文字の間違いなく2枚組みの小さなステンレス製の認識票に刻み込まれます。
そして各隊員はこの認識票を付属のボールチェーンを使い、ネックレスの要領で首から下げています。
米軍では首から下げる方法以外にも、爆風による飛散を防ぐため、コンバット・ブーツの編上げの内側に入れて携行することもあります。
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認識票に記載される事項とは
認識票には兵士の氏名、生年月日、それに血液型といった個人を識別するための重要なパーソナルデータのほか、予防接種歴などの医療情報などが記載されます。さらに米軍の場合、はキリスト教徒や仏教徒、パプテストなどといった本人の宗派まで記載されます。
そして兵士としての認識番号(米軍は社会保障番号)、階級、所属も併記されるのが一般的です。
米軍と自衛隊の認識票の材質や仕様の違いは?
我が国の自衛官が身に着けている認識票は、厚さ0.5ミリ、長さ5センチ程度の大きさで、見た目の形状は米軍で配備される二枚組の「複式」タイプの認識票とほぼ同じ。
しかし、材質は異なり、米軍はアルミニウム、自衛隊はつや消しのステンレススチールであり、我が国の認識票は頑丈だが少々重いようです。
なお、二枚の認識票が重なり合っても金属音を発しないよう、米軍の認識票は本体の外周にゴムをかけて消音させますが、陸上自衛隊の認識票は全体をビニールで覆う仕様になっています。
また、認識票に記載された原稿の刻印は米軍方式は打刻のため深いものの、自衛隊はレーザー方式による刻印のため、やや浅めとなっています。
世界ではスマートタグの研究が進んでいる
現在、アメリカ軍ではドッグタグの中に集積回路を埋め込む試験を行っています。いわば、”スマートタグ”とでも言うべきもので、負傷した兵士の情報を野戦病院との無線リンクで即時に伝え、後続の救命措置をスムースに行う狙いがあります。
また、中国軍でもインテリジェント・チップ・テクノロジーを用いた同様の実験を行っており、軍の兵士全体に配給する計画です。
自衛隊員が認識票を着用する根拠となる定めとは
航空自衛隊の「認識票に関する達」の第5条において、認識票は次のいずれかに該当する場合に着用しなければならないと細かく定められています。
(1) 自衛隊法(昭和29年法律第165号)第6章の規定に基づき行動する場合
(2) 航空機に搭乗する場合
(3) 外国において行う国際貢献に関する業務に従事する場合
(4) 訓練または演習に参加する場合
(5) 部隊等の長が特に必要と認める場合
典拠元 http://www.clearing.mod.go.jp/kunrei_data/g_fd/1963/gy19630904_00048_000.pdf
実際には操縦士などは着用していても、航空機整備などに従事する航空自衛隊員は機体のエンジン整備などで認識票の紛失からの部品破損など、思わぬアクシデントを防ぐため、着用しない習慣になっています。
また、達によれば『認識票は自衛官に交付する』と定められており、自衛官以外の自衛隊員、すなわち事務官や技官、教官などへ交付を定めている文言はありません。
認識票には単式と複式がある
現在、各国の認識票はほぼ1枚式の単式、または2枚式の複式のいずれか。単式の場合でも認識票の中央に溝などを入れ、下半分を切り取り可能とした形式が多いため、事実上、1枚の単式でも”二枚で一組”となります。
では、”認識票が二枚で一組”であるのはなぜなのか。それには運用上のきちんとした理由があります。
万が一、兵士が戦死して戦地で埋葬される場合、一方の認識票を遺体の口内に入れて埋葬する。遺体を帰国させる場合も同様で、1枚は遺体の身につける。そして、残ったもう1枚は部隊に持ち帰って報告時に提出する。
このような理由で認識票は複式または単式となっています。
なお、敵国の兵士であっても認識票の扱いは基本的に友軍のそれと同じく重要で、また人間としての尊厳を守る厳格なものであり、ジュネーヴ条約の第1条約第16条の4にて定められています。以下条文に明記されている『識別票』に関する条文が根拠です。
「紛争当事国は、死亡証明書又は正当に認証された死者名簿を作成し、且つ、捕虜情報局を通じて相互にこれを送付しなければならない。紛争当事国は、同様に、死者について発見された複式の識別票の一片又は、単式の識別票の場合には、識別票、遺書その他近親者にとって重要な書類、金銭及び一般に内在的価値又は感情的価値のあるすべての物品を取り集め、且つ、捕虜情報局を通じて相互にこれらを送付しなければならない。」
出典 防衛省自衛隊公式サイト 『ジュネーヴ第1条約第16条の4』 https://www.mod.go.jp/j/presiding/treaty/geneva/geneva1.html
認識票につけられた切り欠きは何のため?
さて、これら認識票の形状に関して面白い話があります。かつての米軍のドッグタグには縁(ふち)の一カ所に窪みがありました。これは俗に「切り欠き」と呼ばれましたが、それが設けられた理由として以下の役割が比較的広く信じられています。
『冷たく硬直した兵士の歯をこじり開け、しっかりと認識票を挟み込むための切り欠き』
複式の認識票のうち、1枚はガッチリ上下の歯で固定したうえで、兵士の亡骸を土の中に埋葬し、もう1枚は部隊に持ち帰られて「兵士が義務を果たした証拠」として部隊長の承認を受け、兵士の遺族のもとへ遺品として届けられる……という運用方法があったからとされています。
ベトナム戦争における米国陸軍特殊部隊の前線偵察をドキュメンタリー風に描いた傑作B級映画「84★チャーリーモピック」の作中でも、それは一部描写されています。
ただ、同作中の描写は認識票を兵士の亡骸の歯で固定するというよりは、口内へ押し込んだ上でODのテープで口をふさぐというものでした。しかしながら、アメリカ軍ではこの「切り欠き」、1968年ごろ以降にはすでに廃止され、現在支給される現行型ドッグタグにはありません。
そして、在日アメリカ海兵隊のホームページで2006年2月10日金曜日に発表された五大湖軍事史博物館教育収集所長のインタビュー記事にて、”兵士の亡骸の歯をこじ開けるための切り欠き説”が明確に否定されています。
記事によれば「ドックタグの切り欠きの理由は打刻機に固定させるための固定ガイドが”真実”であり、亡骸の歯をこじ開けるのは”神話”に過ぎない」とのこと。
なお、所長はこの”神話”の調査のプロセスにて、”ドックタグのボールチェーンの玉の数は365個で一年を表している”という新たな”神話”も発見しています。
自衛隊の認識票の切り欠きは何のため?
では、我が国の自衛隊の認識票を見てみましょう。なんと、例の切り欠きがあります。
しかも、前述した航空自衛隊が公表している「認識票に関する達」という公的文書(削除済み)には、しっかりと「切り欠き」についての記述があり、切り欠きの部分を図で指し示した上で、その目的を「死者の歯をこじあける場合に使用する」と説明しているのです。
自衛隊の認識票にもこの「切り欠き」があり、それを設けた理由が『死者の歯のこじあけのため』であるのは、なんとも合理的かつ情緒的ではないでしょうか。
この認識票の切り欠きの理由、米軍では打刻のための固定ガイド。ただし、我が国の自衛隊では「死者の歯をこじあける場合に使用する」という明確な理由によって設けられているのが事実です。
民間人が自衛隊の認識票を付ける場合がある
実は民間人もこの自衛隊の認識票を付ける場合があることをご存知でしょうか。
体験入隊や体験搭乗などの参加者が自衛隊の航空機に搭乗する際は、この認識票が隊員より渡され、各自が首からかけますが、万が一の墜落時に遺体の身元を確認するための手段が、やはりこの認識票というわけです。
参考とさせていただいた文献各種
http://www.clearing.mod.go.jp/kunrei_data/g_fd/1963/gy19630904_00048_000.pdf
http://www.kanji.okinawa.usmc.mil/News/060210-tags.html
認識番号と認識票のまとめ
わが国の自衛隊のみならず、世界各国の軍隊の認識票は国際法上でも、なにより人道上でも兵士個人の尊厳を最大限守る措置の一環であることがお分かりいただけたでしょうか。
認識票がこのように国際法で規定されているのは、国や民族、それに思想は違っても、義務を果たした兵士の亡骸や遺品はできるだけ故国の遺族の元へ返すべきという人類共通の念が背景にあるからではないでしょうか。